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自治区会・ 少年飛行隊の皆さんと 毎年8月に 清掃活動を行っています。
体当たり勇士の碑 (折尾 大膳)
今から61年前、第二次世界大戦中の昭和19年8月20日
午後5時に、突如折尾の町に空襲警報が発令されました。
そして、西のほうから米軍機B29、約80機が姿を現し、
北九州を目標に来襲をしてきたそうです。当時の少年飛行隊、
野辺軍曹と高木兵長は、敵に対し第1弾を発射しましたが、
撃墜には至らず、このままでは北九州が火の海となるのは
必至であると察知し「野辺、今から体当たり!」の一言を残し、
その米軍機の隊長機をめがけて斜め前方から突進されました。
隊長機に続く2番機もそのままぐらっと傾いて爆発、結果4機の
B29が撃墜されました。残りの数十機は、それ以上町を攻撃する
ことなく、西の空へ飛び去りました。北九州市の空は2人の犠牲と
引きかえに守られたのだそうです。体当たりの碑がある場所は
小高い丘の上で2人の遺体と機体が落下してきた場所にあります。
毎年8月の第1日曜日に地域の自治区会の皆さんや当時の少年飛行隊
の皆さんによって清掃作業が行われ、折尾神楽が慰霊奉納されています。